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けやきのなみきを歩いてみれば

日々暮らす街で目にする景色、その中に気付かぬうちに安心感を持たせてくれる素材があるかもしれない。そんなものを再認識したいと思い付いた。

暮らしの中で


街道沿いのけやき(3月)

私は東京都の西側、多摩と呼ばれる場所に長く住んでいる。成人するまでは青梅街道の近く、その後は五日市街道の傍、どちらも東西に延びる古い街道沿いから少し入った住宅街。都心に通い仕事も遊びも忙しくしていた時期は寝に帰るだけだったことも。

そんな時代でも住み慣れた街に帰ると、ほっとする感覚があった。知り合いの顔や見慣れた景色が心を落ち着かせてくれると思っていた。それも間違っていないが、なにかもうひとつあると感じていた。

そんな折五日市街道を歩いていると、まっすぐに幹を伸ばし上の方で枝を広げたけやきの木。同じ形のけやきが何本も街道沿いに並んでいる。枝が道路にはみ出すことを防ぐため剪定されたのだろうか、少し不恰好な形をしている。しかし昔は街道を包むような形をしていたことがうかがえる。少し高い場所に上がって周りを見渡すと、箒を逆さまにしたような形のけやきがたくさん並んでいる。

「なぜ」そう思い、その場から知り合いの植木屋に、けやきのことを知りたいと電話した。相手は多少面食らったようだが、「植木屋の茶飲み話でよければ」と了解をもらい、早速足を向けた。

むかし


背高のっぽのけやき(3月)

この土地に人が住み始めたのは400年くらい前の江戸の初期。冬の北風から人や屋敷を守るために防風林としてけやきを植えた。

またそのころは土地があまり豊かでなく、けやきの落ち葉で堆肥を作り土地を改良し、今では土地も豊かになった。反面、落ち葉は大量で、子供の頃は掃き集めても次々に落ちてくる葉っぱに憂鬱になった。

戦後間もない頃まで玉川上水の北側一帯に「やま」と呼ばれる森があって、そこにけやきなど数種の木々を育て、そこから各民家に木々を補給していた時代もあった。

けやき御殿?


公園のけやきは枝を広げています。(6月)

公園にあるけやきは枝を大きく広げている、あれが本来の姿。街道沿いのけやきが背高のっぽなのは、木目の美しさから木材としての珍重された時期があり、枝を切り売りしていた。

結構な高値で売れたようで、そのお金で屋敷を建て替えた家のことを「けやき御殿」なんて揶揄したそうだ。しかしけやきは乾燥に時間がかかるなど少し難しい木で、次第に材木としての利用されなくなってきた。


シンボル


クレーンを使い、片側車線をふさいで枝の剪定(3月)

けやきはこのあたりだけでなく各地で街路樹などに利用されている。仙台の定禅寺通り、神戸のガス燈通り、原宿の表参道などもけやきだ。

多摩地域では、立川市、小平市、東村山市、国分寺市、東大和市など10を超す自治体が、「市の木」に指定している。府中にはけやき並木が国の天然記念物になっている場所もある。風土が木の生育が適しているという事もあるかもしれない。

昔、馬に荷物を背負わせて街道を行き来していた時代、夏の日差しを避けるため、日陰を作る街道沿いのけやきの大木は欠かせなかった。暑さで馬が命を落とすことも珍しくなく、街道沿いでよく見かける馬頭観音は命を落とした馬を供養するために作った。そんなことからも、けやきは人々の生活に欠かせくなっていったのかもしれない。



そして、いま


最近は、堆肥を作ることも少なくなり落ち葉がいつまでも道路にあふれていたり、新しく住み始めた人たちの家の屋根を落ち葉が汚し、そのクレームも少なくない。荷物も自動車で運ぶので日陰もそれほど必要ではない。大きくなってしまったけやきに手を焼いている家も多い。

少なくとも十年に一度くらいは枝払いをしなくてはいけないし費用もかかる。強風で木が倒れて、被害でも出したら大変と心配する人も多い。切り倒してしまえば面倒がないが、先祖代々家を見守っていた木を簡単に切る気持ちになかなかなれない人も多い。

「茶飲み話」にしては思いのほか、たくさんの話を聞くことができた。

歩いてみては


府中市にある馬場大門のケヤキ並木 国指定天然記念物(11月) ※府中観光協会HPより

詳しく聞いてみると、けやきに対して愛着が増した気がする。花や実を楽しむ樹木でないところが、質実剛健でこの地域らしい気もする。歩いていても電車の乗っても、高い場所から景色を見ても、けやきはたくさん見かける。この街ではこれが、ほっとする感覚を持たせてくれる素材のひとつなのかもしれない。

あなたもそんな素材を探す、街歩きをしてみてはいかがでしょう。

2015年05月24日

記者プロフィール

松井 信雄
小平市出身、現在立川市在住在勤。歩くこと、走ること、考えることに使う時間が人より少し多いかも。最近見かけることが少なくなった、偏屈オヤジを目標に現在修行中。

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